心の土台づくりサポーター
沙咲 晴美です。
思春期の子育てや不登校など、
子どもとの関わりに悩むお母さんに
寄り添いながら、
「お母さん自身の心」を整え、
親子関係を育てるサポートをしています。

10時~18時(時間外相談可能) zoomを使用します【全国対応】
心の土台づくりサポーター
沙咲 晴美です。
思春期の子育てや不登校など、
子どもとの関わりに悩むお母さんに
寄り添いながら、
「お母さん自身の心」を整え、
親子関係を育てるサポートをしています。

私の親は、世間で言う
「いい人」「きちんとした人」
でした。
しっかりとした家庭を築き、
子どものことを
大切にしてくれる親でした。
愛情がなかったとは思いません。
むしろ、
愛情深い親だったと思っています。
過保護とも言えるくらい、
子どものために
いろいろとしてくれる親でした。

なのに、
中学生になったころにはすでに、
私は劣等感の塊で、
自尊心が低く、
親に対して激しく反抗するように
なっていました。
そして、そんな自分を
心の中で責めていました。
なぜ、こんなにも
子ども想いの親に腹が立つのか。
なぜ、こんなに
反発してしまうのか。
自分でも、
まったく分からなかったからです。

母からは「親不孝」と言われました。
そして、
私自身もそう思っていました。
「こんなにしてもらっているのに、
親に反発するなんて」
「私はなんてひどい子どもなんだろう」
そんなふうに、
自分を責めていたのです。
でも、最近になって、
少しずつわかるようになってきました。
私の親には、間違いなく愛情があった。
でも、子どもの頃の私には、
その愛情が、
ある条件を満たしたときにしかもらえないもの
のように感じられていたのだと思います。

私の親は、
子どもに対する理想が高かったと思います。
ちゃんとしていること。
人に迷惑をかけないこと。
勉強ができること。
きちんとした子どもであること。
そして、
親にとって誇らしい子どもであること。
よくできたときには、
ものすごく褒めてくれました。
だからこそ私は、
「もっと頑張れば認めてもらえる」
「ちゃんとできれば喜んでもらえる」
と思っていたのだと思います。
でも、その一方で、
できなかったときや失敗したときには
怒られたり、
がっかりされたり。
ちゃんとしていないと、
「どうしてこんなこともできないの?」
と言われる。
「〇〇ちゃんは、
あんなに頑張っているのに」
と、よその子と比較される。
私が期待外れなことをしてしまうと、
「お母さんは情けない」
と、よく言われました。
親にとって、
子どもができなかったり、
ちゃんとしていなかったりすることは、
どこか「恥ずかしいこと」のようにも
感じられていたのかもしれません。
もちろん、親は
私を苦しめようとしていたわけでは
ありません。
きっと、
「ちゃんとした大人になってほしい」
「将来困らないようにしてあげたい」
そんな思いがあったのだと思います。
でも、子どもの私は、
そんな親の思いを
そのまま受け取ることは
できませんでした。
私の中には、
いつの間にかこんな思いが
できあがっていきました。
ありのままの私ではいけない。
このままの私ではダメなんだ。
もっと良くならなければならない。

もう一つ、
私が大人になってから
気づいたことがあります。
それは、私は親に、
自分の弱い部分を
あまり見せられなかった
ということです。
うれしかったこと。
褒められたこと。
うまくいったこと。
そんな話は、
親も喜んで聞いてくれました。
でも、
つらいことや愚痴、弱音を吐くと、
あまりいい顔をされない。
「マイナスなことを言っていたらダメ」
「もっと頑張りなさい」
そんなふうに言われていました。
だから、私は、
弱音を吐いてはいけない。
いつも前向きで、
ちゃんとしていなければならない。
そんなビリーフを
持つようになったのだと思います。
だから、つらいことがあっても、
「こんなことを言ったら
嫌がられるかもしれない」
「こんな自分を見せたら
ダメなんじゃないか」
と思うようになりました。

「何が好きだったら、
認めてもらえるのだろう」
と、自分の好みや趣味に関してさえ、
親の目や人の目を気にして、
本当に何が好きなのか、
感じられなくなっていました。
今振り返ると、
私は親から、
自分の気持ちに共感してもらった記憶が
ほとんどありません。
何か悩みを話したときも、
「それは大変だったね」
「つらかったね」
と、ただ気持ちを
受け止めてもらうよりも先に、
「じゃあ、どうするの?」
「あなたにも悪いところが
あったんじゃない?」
という言葉が
返ってきたように思います。
親にとっては、
辛い話を聞くと心配で、
「何とか解決させてあげなければ」
という気持ちだったのかもしれません。
でも、
子どもが求めていることは
別のことなのです。
解決策や正しいことを
教えてもらうよりも、
もっとしてほしいことは、
ただただ、
「そうだったんだね」
「つらかったね」
と、自分の気持ちを
受け止めてもらうことではないでしょうか?

親は子どものために、
たくさんのことをしてくれます。
食事を作る。
学校へ行かせる。
習い事をさせる。
必要なものを買ってあげる。
心配し、将来のことを考え、
少しでも困らないようにと
手を尽くす。
それは、
間違いなく愛情の一つの形です。
でも、
子どもの心に残るものは、
「親が自分のためにどれだけしてくれたか」
だけではないのかもしれません。
親のそばにいるとき、
自分はどんな気持ちだったのか。
失敗したとき、失意の時、
安心して親のところへ行けたのか。
弱音を吐いたとき、
受け止めてもらえたのか。
親の顔色を気にせず、
自分の気持ちを出せたのか。
できない自分や、
情けない自分を見せても、
「それでも大丈夫」
と思えたのか。
そうした日々の積み重ねが、
子どもの中に、
「私は、
このままの私でいても大丈夫なんだ」
という安心感をつくっていくのだと思います。
そして私は、
その安心感をあまり感じられないまま
大きくなりました。
だから、
いつも自分を変えようとしていました。
もっと頑張らなければ。
もっとちゃんとしなければ。
もっと人に認められる自分に
ならなければ。
ありのままの自分ではダメだから、
そんなふうに思い続けてきたのです。
「頑張り屋さん」だった私の
心の底にあったものは、
「欠乏感」だったのです。
ここで誤解してほしくないのは、
「子どもを叱ってはいけない」
ということではありません。
何をしても
許してあげなければならない、
ということでもありません。
間違ったことをしたら
叱ることも必要です。
社会のルールを
教えることも必要です。
でも、
「あなたのしたことは間違っている」
と伝えることと、
「あなたはダメな子だ」
というメッセージを伝えることは、
まったく違います。
子どもが失敗したとき、
何か問題を起こしたとき、
できないことがあったとき、
その行動について話すことは
必要かもしれません。
でも、そのときに
子ども自身の存在まで
否定する必要はありません。
失敗したからといって、
愛されなくなるわけではない。
親をがっかりさせたからといって、
見捨てられるわけではない。
弱音を吐いてもいい。
泣いてもいい。
できない自分を見せてもいい。
そして、
どんな自分であっても、
親は私を受け入れてくれる。
そんな安心感があるからこそ、
子どもは安心して
成長していけるのではないでしょうか。

私は長い間、
「親は私を愛してくれていたのに、
なぜ私はこんなに苦しかったんだろう」
と思ってきました。
親が悪かった、
と言いたいわけではありません。
親には親なりの愛情があった。
一生懸命に育ててくれた。
それも事実です。
でも、同時に、
私は苦しかった。
私は、
ありのままの自分ではダメだと
思っていた。
そのことも、
私にとっては紛れもない
事実なのです。
今になって思うのは、
子どもが一番欲しいものは、
「どれだけたくさんのことをしてもらったか」
ではなく、
「私は、このままの自分でいても大丈夫」
と思える安心感なのではないか、
ということです。
うまくできたときだけではなく、
失敗したときも、
弱っているときも、
情けない自分を見せたときも、
悲しくて泣いているときも、
怒りでいっぱいになっていても、
「それでも、私は大丈夫」
と思えること。
親の愛情を、
頭で「愛されている」と
理解するだけではなく、
心から
「私はここにいていい」
「私は私でいい」と
感じられること。
それが、
子どもの心の土台に
なるのではないでしょうか。

そして、もし今、
「私は子どもを愛しているのに、
なぜかうまく伝わらない」
「子どもが本音を話してくれない」
「つい、
できていないところばかりに
目が向いてしまう」
そんな悩みを抱えている
お母さんがいるとしたら、
まずは、
「子どもをどう変えるか」
を考える前に、
子どもは、
私のそばでどんな気持ちを
感じているだろう?
と考えてみることが、
大切なのかもしれません。
子どもが求めているのは、
完璧な親ではないと思います。
いつも優しく、
いつも正しい親でもありません。
失敗しても、
意見が違っても、
叱られることがあっても、
「それでも、お母さんの前では
本当の自分でいていい」
そう思えること。
そんな安心できる場所が
家庭の中にあること。
それが、
子どもが生きていくうえで、
何より大切な
心の土台になるのではないでしょうか。

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子どものことを大切に思っている。
愛情がないわけではない。
むしろ、誰よりも幸せになってほしいと思っている。
それなのに、
なぜかイライラしてしまう。
きつい言葉をかけてしまう。
心配するあまり、口を出しすぎてしまう。
そして後になって、
「本当は、あんなふうに言いたかったわけじゃないのに」
と、自分を責めてしまうことはありませんか?
愛情が足りないからではないのかもしれません。
もしかしたら、
自分でも気づかない心の傷や思い込みが、
子どもとの関わり方に影響しているのかもしれません。
**「あなたの愛情がまっすぐ子どもに届く子育て」**
では、
なぜ愛しているのに、
うまく伝わらなくなってしまうのか。
そして、どうすれば
子どもを変えようとするのではなく、
親子関係を変えていけるのかを
お伝えしています。
子どもへの愛情を、
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