心の土台づくりサポーター
沙咲 晴美です。
思春期の子育てや不登校など、
子どもとの関わりに悩むお母さんに
寄り添いながら、
「お母さん自身の心」を整え、
親子関係を育てるサポートをしています。

10時~18時(時間外相談可能) zoomを使用します【全国対応】
心の土台づくりサポーター
沙咲 晴美です。
思春期の子育てや不登校など、
子どもとの関わりに悩むお母さんに
寄り添いながら、
「お母さん自身の心」を整え、
親子関係を育てるサポートをしています。

毎日毎日同じことの繰り返しって、
時々嫌になりませんか?
また今日もご飯作らなきゃ・・
あー、めんどくさ・・。
私一人だったら何とでもなるのに。
子供がまた散らかす・・
また注意しなきゃ。
もう~うざい!
家族がいることも、
子供がいてくれることも、
本当はとってもありがたいことなのに、
当たり前だと思うと新鮮味を感じない。
ありがたいなんて思えない。
むしろ苦痛・・・
なんてこと、誰にでもありますよね?
毎日がマンネリでつまらない。
家族がうっとおしい。
家事が嫌だ。
そんな気持ちの時に、
ぜひ読んでみてほしい一冊の本をご紹介します。

『りなちゃんきいて
~ホスピスのおかあさんから、伝えたかったこと~』
この本は、
子宮頸がんのため34歳で亡くなった
山本順子さんという方が、
当時5歳だった一人娘の梨菜ちゃんに
残した絵本です。
夫と別れ、梨菜ちゃんを
女手一つで育てていた順子さんは、
神戸市内のホスピス入院し、
そこで出会ったアロマセラピストの宮里文子さんの勧めで、
絵本で梨菜ちゃんにメッセージを残すことにしたのだそうです。
それがこの絵本です。
そして、それだけではなく、
順子さんは、梨菜ちゃんが20歳になるまで、
毎年の誕生日に届くように、
15通の手紙も残しました。
まさに命の灯が消えようとするとき、
渾身の力をふりしぼって、
一人あとに残る娘に伝えようとしたのは、
当時の順子さんの娘に対する愛情だけではなく、
「体はなくなっても、母親としての愛情はずっとあるんだよ。」
「いつもそばにいるんだよ。」
というメッセージだったのではないかと思います。

この絵本には、
どれだけ娘を大切に思っているか
どれだけ娘と一緒にいる時間を望んでいたか
という順子さんの思いが詰まっています。
この絵本を読むたびに、
私自身も
「命は当たり前ではない」と痛感した出来事を
思い出します。
長女が高校2年生だったある雨の日の朝、
通学途中に、交通事故に遭ったのです。
学校に行ったはずなのに、
担任の先生から
「今日はお休みですか?」
と電話があり、
『もうとっくに着いているはずなのに・・』
と不吉な予感がしたそのすぐ後に、
救急隊の人から電話がかかってきました。
そして、
長女が事故に遭い、
今搬送中であることを聞いたのです。
どんな状態なのか、詳しいことがわからず、
恐怖と不安マックス状態で
病院に駆けつけました。
心臓がバクバクしました。
HCUのベットで横たわっていた長女は、
酸素マスクをし、
頭に大きなたんこぶと
全身にたくさんの傷や内出血のある痛々しい姿で
ベットに横たわっていました。
でも、私が誰かわかり、
ニコッと笑う力もある様子に、
まずはホッとしました。

脳内出血がわずかながらあり、
『外傷性くも膜下出血』
との診断でした。
耳の後ろがパックリ切れていたので、
6針ほど縫いました。
また、強く頭を打っていたので
おう吐も何度かありましたが、
不思議に骨折は全くしていませんでした。
脳内の出血が最も心配でしたが、
翌日には落ち着き、
一般の病室に移ることができました。

しかし翌日、夫と共に
長女の自転車を取りにいった時・・・
まだ事故現場に残されていた相手の車と、
くの字に曲がった娘の自転車を見て
「よくあれだけの怪我で済んだ・・」
と思いました。
さらに後日、
病院までその後の様子を見に来てくれた警察の方も、
事故現場を見て、
かなり深刻な状態ではないかと
思われていたそうです。
そして、
「車のフロントガラスの枠の固い部分に激突していたら、
まず命はなかっただろう。」
と言われましたが、
それがわずか数センチの差だったそうです。
「よっぽど行いがよかったんだね。」
と警察の人にも言われるほど、
奇跡に近い状況だったようです。
一歩間違えば大変なことになっていた!
「死」と隣り合わせだった!
と感じて
背筋が凍り付く思いがするとともに、
「本当によく生きていてくれた」
と感謝の気持ちでいっぱいになりました。

急な入院のため、
長女が帰ってこない部屋は、
相変わらずソックスや服が
脱ぎっぱなし。
他にも床に
色々なものが散乱していました。
いつもなら、
心の中でそれを苦々しく思い、
そんなルーズな長女を
まだ完全には受け入れられない
当時の私だったのですが、
さすがに
「もしかしたら、帰らぬ人になっていたかも・・」
と思うと、
その脱ぎっぱなしの服や汚い部屋が
妙に愛しく、懐かしく思えたのです。
**長女が生きている証**
のように感じたのかもししれません。

その時、
子供が生きていてくれるだけでどれだけ幸せなのか、
ということを心底感じました。
「もっとちゃんとしてほしい」
「もっと勉強してほしい」
「もっと頑張ってほしい」
「もっと優秀になってほしい」
・・・など、
親であれば色々な要求や期待を
子供に対して持ってしまうものですが、
それは、
子供が元気であるということが
前提にあるからでしょう。
子供が元気に生きているということが
「あたりまえ」の状態だから、
ついつい欲張ってしまうのですね。
でも、考えてみれば、
朝、「行ってきます。」と言って出かけた子が
元気で帰ってくることは、
決してあたりまえのことではないし、
今日元気でいる子供が、
明日も元気でいるという保証は何もないのだと
その時思いました。
子供が元気で、今ここにいてくれることは、
それだけで親に対する
子供の最高の貢献なんですよね。

長女が無事退院してこの家に帰ってきて、
いつもの席でご飯を食べ、
話をし、笑い、
元気な姿を見せてくれること、
その一挙手一投足すべてが
愛しく、感謝でいっぱいでした。
いつものように
服を脱ぎっぱなしにしていたり、
部屋を散らかしていたり、
ダラダラしてなかなか勉強しなくても、
それが生きている証だと思うと
何だか愛しくなったことを
今でも覚えています。
しかし、年月が経ち、
また子供が生きていることが当たり前になってくると、
その時の感謝が薄れてしまうので、
人間って本当に悲しい生き物ですね(^-^;
子どもが元気で、今日も家に帰ってきてくれること。
それだけで、本当は十分すぎるほど幸せなのです。

自分の周りにある、
一見当たり前のように見えることが
本当は「奇跡」なんだとわかり、
感謝できるようになると、
きっと悩みなんて
なくなってしまうのでしょうね。
結局、「幸せ」というのは
外にあるものではなく、
自分の心が感じるものなんですね。
「幸せなお母さん」は
外の条件が整うことでなれるのではなく、
自分の心を整え、
ものの見方やとらえ方が変わることで
なれるものなのです。
視点が変わり、受けとめ方が変わると
今、このままで、
すぐに幸せなお母さんになれるのです。
幸せなお母さんって、
【幸せを感じる力のあるお母さん】
なんですね。
それは、
ちょっとしたトレーニングで
できるようになれるものなのです。

今日ある幸せは、
決して当たり前ではありません。
だからこそ、
子どもを変えることよりも、
今日ここにいてくれることを一緒に喜べる
お母さんでありたい。
そんな心を育てたい方は、
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ちなみに、
上記の梨菜ちゃんですが、
20歳になるまで、毎年誕生日に
お母さんから手紙を受け取り続け、
お母さんの愛情を支えに、
悲しみを乗り越えて立派に成長したようです。
何年か前ですが、読売新聞オンラインに、
「天国からの手紙」という記事が
シリーズで掲載されています。
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